スポーツや芸術、芸能、魚の三枚おろしからケン玉まで、一芸に秀でた学生を入学させる大学があってもよいが、最低限一定の知的水準があることが前提で、一芸さえあるなら知的水準はどうでもよい、というのなら、それはもはや「大学」ではなく単なるレジャーランドにすぎないだろう。こうした動きの背景には、日本の教育は個性がないだの創造性を育まないだのといった批判がある。特に、近年は欧米の基礎研究に日本はただ乗りして儲けている、といった批判が海外から強いので、批判の矢面に立つ産業界からの強い要望もある。いつまでも欧米の模倣をして楽をするのはもはや許されない、というわけだ。日本のオリジナルものを作れと、要求されているのである。
[参考サイト]
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