「私たちは、必要でないダイエットをやらされるように仕向けられている」という話をこれまでしてきました。なぜなら、それによって新しい商売の種をいくらでも開発することができるから、ということでしたね。それにしても、こうしてダイエット依存だの摂食障害だのを問題にできるのも、二十世紀になって実現した、食料を余って捨てるほど大量生産できる社会ならではの、特殊な現象なんですよね。一方では、食品産業のために、あれもこれもドンドン食べて消費してくれというメッセージ。その傍らで、「食べたら→太る」「ヤセていることは→美しい」という二大刷り込みメッセージを、あらゆるメディアを使って催眠術よろしく私たちの心に定着させて、もう一方の「ダイエットしなきやグメだ」というメッセージをすんなりまかり通らせていきます。でも仮に、このダイエットが本当に、余分に食べた物を切り捨ててくれるものだったとしたなら、ダイエット→大食い→ダイエット→また大食い、とシーソーのように、かなり不自然な危うい形ながらも、私たちにとってはどうにかバランスが取れたのかもしれません。